今はやりのことは,10年後には古臭くなるでしょう.数理科学科での勉強は,そのようなものではありません.2000年以上も昔に証明された数学の定理は,今でも正しいのはもちろん,当時と同じ価値を保ち続けています.新しい科学技術の発展により,一層価値を増しているものもあります.ITの技術はその基礎を整数論や離散数学に支えられ,大量のデータを分析・解析するには統計科学や確率論の知識が不可欠です.そのような普遍的価値をもった学問を学ぶことは,皆さんのものの見方,考え方に確固たる基盤を形成します.その基盤の中には,社会で役立つようなアイディアの種がたくさん詰まっています.数理科学科では,学問をとことん追求したい人はもちろん,数理的な考え方を社会で役立ててみたい,という人も多いに歓迎します.身についたものは,社会のさまざまな分野で必要とされています.
現在では国立大学を始めとするさまざまな大学に数理科学科が置かれていますが,日本でこの名称の学科を設置したのは慶應義塾大学が初めてです.数理科学とは,いわゆる純粋数学から数学を応用した学問領域までの幅広い学問を指します.私たちの学科でも,そのような幅広い領域への応用力をもった学生を育てるために,さまざまな分野での教育研究が行われています.たとえば,微分方程式論,幾何学,確率・エルゴード理論,整数論,離散数学,計算数学,統計科学などの分野で,私たちの学科はよく知られています.しかも,これらのさまざまな研究が有機的に結びついている,それが慶應の数理科学科の特徴です.
数学の問題を,時間をかけてずっと考えてみたことがありますか.幸運にうまく解けたとしたら,そのときの喜びはきっと格別だったのではないか,と思います.本物の数学は,公式の暗記でも問題パターンの暗記でもありません.こんなふうに時間をかけて自分自身の力で考えることが大切なのです.つまづいたことに時間をかけて考える,それは時間の無駄にはなりません.そのようにしてわかったことだけが,自分の財産になりますから,こんなふうに物事を自分の納得がいくまで考えることが好き,パソコンの前に座っていると時間を忘れてのめりこんでしまう,というような人は数理科学科向きです.また,数理科学科にはさまざまなタイプの人たちがいるし,そういう人たちが必要なのです.というのは,数理科学は数学的自然を研究する科学であり,数学的自然は普通の自然と同じようにきわめて多様ですから.