この節では、 ゼノンのパラドックス --- 最古の科学パラドックス --- について議論する。 すなわち,

  • ゼノンのパラドックスの意味は何か?


を議論する。

14.4.1: ゼノンのパラドックスとは何か?


ゼノンのパラドックスとしては、"アキレスと亀"と"飛ぶ矢"が有名かもしれないが、 他にも、 "二分法", "競技場" などがある。 これらは、「すべて同じ種類の問題」と考える。 したがって、一つが解ければ、他も同様に解ける。 一番の傑作は、"飛ぶ矢"と思うが、"アキレスと亀"も有名なので、 この節では、この二つについて議論する。

以下は、ゼノンが提示した「ゼノンのパラドックス」である。



パラドックス14.9 [ゼノンのパラドックス]
[飛ぶ矢]
$\bullet$ 矢が飛んでいるとしよう. この矢は,いつの時点でもその瞬間は止まっている. いつの時点でもその瞬間は止まっているならば, いつも止まっているわけで, したがって,矢は止まっていて動かない.


[アキレスと亀]
「アキレスと亀のパラドックス」についてのゼノンの論法は以下の通りである:,
$\bullet$ アキレスと亀の競争を考える.アキレス( 速い走者)のスタート点より,亀(遅い走者)のスタート点 は前方とする. 「よーい.ドン」で両者が同時にスタートしたとしよう. このとき, アキレスが亀に追い抜こうとするならば, アキレスは, いま亀がいるところまで行かなければならない. そうしたとしてもそのときは, 亀がもっと先に行ってるはずである. アキレスは, 更にいま亀がいるところまで行かなければならない. これを限りなく続けても, 決してアキレスは亀に追いつくことができない.


注意点

ゼノンのパラドックスは、現代的意味においても、哲学(世界記述)の主要テーマの一つであるが、 もちろん、「無限等比級数を理解できない馬鹿な哲学者が議論している」わけではない。

$\bullet$ 並の数学者よりは数学のできる哲学者が議論している
のである。
2500年以上も、哲学者たちの心を捉えつづけた未解決問題であるが、 その 「解答のパターン」は決まっている。 すなわち、
$\bullet$ ある世界記述法を提案して、その記述法で、ゼノンのパラドックスを記述する
である。 これは、当然のことで、「哲学者の仕事=世界記述法の提案」だからである。

さて、
  • "ゼノンのパラドックスとは、何か?"
に答えるために、 本書の主張である次の図を確認しておこう。 もちろん、我々の主張は、
  • ゼノンのパラドックスは、この図(世界記述の発展史)無くして、解けない
だからである。

図14.10 [=図1.1 in $\S$1.1: 世界記述の発展史]
  • 図1.1: 世界記述の発展史の中の量子言語の位置
さて、

$(A):$ デカルト=カント哲学や 言語哲学では、 ゼノンのパラドックス14.9 に答える力はない

ことは、明らかであるが、次の問いかけは考察するに値する:

$(B_1):$ ゼノンのパラドックス14.9 をニュートン力学という言語で答えよ。
$(B_2):$ ゼノンのパラドックス14.9 を量子力学という言語で答えよ。
$(B_3):$ ゼノンのパラドックス14.9 を相対性理論という言語で答えよ。
$(B_4):$ ゼノンのパラドックス14.9 を統計学(=動的システム理論)という言語で答えよ。
$(B_5):$ ゼノンのパラドックス14.9 を量子言語で答えよ。

さて、上の(B$_1$)--(B$_5$)では、多少無理気味なものもあるが、それでも強引に答えることは可能だろう。そうならば、次の問いかけをしたくなる。



$(C):$ 上の(B$_1$)--(B$_5$)で、もっとも自然なのはどれか?

ここで、次のように考える:
$(D):$ "ゼノンのパラドックス14.9 を解く" $\Longleftrightarrow$ "問題(C)に答える"
もちろん、我々の主張は、

$(E):$ 問題(C)の答えは、 量子言語による解答(B$_5$)である

となる。 以上をまとめると:

問題14.11[ゼノンのパラドックスの意味]

ゼノンのパラドックスの意味

$\quad$ $\qquad$"飛ぶ矢"と"アキレスと亀"を(古典)量子言語で記述せよ!
である。




14.4.2:$(B_4)$の解答( 動的システム理論によるゼノンのパラドックスの解答)


問題 14.11を解く前に、 問題(B$_4$) -- 動的システム理論による解答 -- を解いておく。 このために、 動的システム理論の基礎を述べておく。


14.4.2.1: 動的システム理論の定式化

動的システム理論(=統計学)は、主に工学として発展してきたので、「定式化」にあまり注意を払わないのが普通であるが、 大部分の研究者の共通部分的な定式化として、次は認めよう。

定式化14.12 [動的システム理論の定式化] 動的システム理論は次のように定式化される: \begin{align} \underset{\mbox{}}{\fbox{動的システム理論}} = \underset{\mbox{}}{\fbox{①:状態方程式}} + \underset{\mbox{}}{\fbox{②:測定方程式}} \tag{14.9} \end{align} ① : $ \underset{\mbox{}}{\fbox{状態方程式}} $ は次のように定まる: $T={\mathbb R}$を時間軸とする。 各$t ( \in T)$に対して、 状態空間を $\Omega_t = {\mathbb R }^n$ ($n$-次元実空間).とする。 このとき、 状態方程式 (第13章の(13.2)式) は、次の連立一階微分方程式として定義される: \begin{align} & \underset{\mbox{}}{\fbox{状態方程式}} = \begin{cases} \frac{d\omega_1}{dt}{} (t)=v_1(\omega_1(t),\omega_2(t),\ldots,\omega_n(t),\epsilon_1(t), t) \\ \frac{d\omega_2}{dt}{} (t)=v_2(\omega_1(t),\omega_2(t),\ldots,\omega_n(t),\epsilon_2(t), t) \\ \cdots \cdots \\ \frac{d\omega_n}{dt}{} (t)=v_n (\omega_1(t),\omega_2(t),\ldots,\omega_n(t), \epsilon_n(t),t) \end{cases} \tag{14.10} \end{align} ここに $\epsilon_k(t)$ は雑音 ($k=1,2, \cdots, n $).

② : $ \underset{\mbox{}}{\fbox{測定方程式}} $ は次で定める: $X = {\mathbb R }^m$ ($m$-次元実空間)を測定空間とする。 測定方程式 (第13章の(13.2)式) は次のように定める: \begin{align} & \underset{\mbox{}}{\fbox{測定方程式}} = \begin{cases} x_1(t)=f_1(\omega_1(t),\omega_2(t),\ldots,\omega_n(t),\eta_1(t), t) \\ x_2(t)=f_2(\omega_1(t),\omega_2(t),\ldots,\eta_n(t),\eta_2(t), t) \\ \cdots \cdots \\ x_m(t) =f_m (\omega_1(t),\omega_2(t),\ldots,\eta_n(t), \eta_n(t),t) \end{cases} \tag{14.11} \end{align} ここに $\eta_k(t)$ は測定誤差 ($k=1,2, \cdots, m $). $x(t)(=(x_1(t), x_2(t), \cdots, x_n(t)))$ は運動関数と呼ぶ。




14.4.2.2: 動的システム理論によるゼノンのパラドックスの解答(=小学生の解答=旅人算(距離=速さ$\times$時間))

運動関数(距離=速さ$\times$時間)を使う解法を、旅人算という。
解答 14.13[動的システム理論によるゼノンのパラドックス(飛ぶ矢)の解答]

時刻$t$における矢の位置を$q(t)$とする. すなわち, 運動関数$x=q(t)$ を考える.

$\bullet$ 各時刻$t$において,矢の位置は$q(t)$となるとしても, それが, 運動関数$q(t)$が定数関数であることを意味しない


よって,ゼノンの論法14.9は間違っている.





解答 14.13[動的システム理論によるゼノンのパラドックス(アキレスと亀)の解答 (=小学生の解答) ]


アキレスと亀の運動関数 \begin{align} x=q_1(t)=vt, \qquad y=q_2(t)=\gamma vt +a \tag{14.12} \end{align} とする (ここに, $0 < \gamma v < v$, $a >0$).

(i):[代数的解答] これを代数的に解くことは簡単で, $q_1(s_0)=q_2(s_0)$の解は, \begin{align*} s_0=\frac{a}{(1- \gamma ) v} \end{align*} となるから, 時刻$s_0=\frac{a}{(1- \gamma ) v}$でアキレスは亀に追いつくことができる.




(ii):[無限等比級数による解答] これを無限等比級数を使って、 次のように解くこともできる. \begin{align} s_0=\frac{a}{v}(1+\gamma + \gamma^2 + \gamma^3 +... )= \frac{a}{(1- \gamma ) v} \tag{14.13} \end{align} と計算できる.



補足:
世界記述の観点からは、 問題点は(14.12)式以前である。 (14.12)式以後は、単なる計算に過ぎない。




14.4.2.3:なぜ解答14.13は、承認されないのか?: 量子言語による解答
解答14.13は間違っているわけではない。 というより、極めて常識的な解答だと思う。つまり、
  • 小学生が普通に行う常識的解答
と思う。 しかし、そうだとすると、次の疑問が出てくる。

$(F):$ なぜ解答14.13(小学生の解答)は、ゼノンのパラドックスの決定的な解答として承認されないのか?
である。 疑問(F)に対しては、つぎの理由しかないと思う。
一言で言うと
  • 旅人算(距離=速さ$\times$時間)は、形而上学だからダメ

である。 つまり、
$(G_1):$ 動的システム理論(=統計学)が世界記述法として承認されていない。 すなわち、 図14.10 (の統計学)が承認されていない。
または、同じ意味で、
$(G_2):$ 図14.10 の 言語的科学観が承認されていない。
である。事実、 「形而上学=非科学的」という迷信 が我々の科学観には蔓延している。

そうだとすると、
$(H_1):$ 本書の目的は、図14.10 の言語的科学観を主張すること
なのだから、本書の立場からすれば、
$(H_2):$ もうすでに、ゼノンのパラドックスは (動的システム理論という世界記述法によって)解決されている
と主張するしかない。


さらに、 なにか付け加えることがあるとしたら、ゼノンのパラドックス を(動的システム理論の最終形態である) 量子言語で記述することだけで、 これを下記で述べる。

解答 14.14 [ゼノンのパラドックスに対する量子言語による解答]

問題14.11の解答 または、 問題14.9(飛ぶ矢)の解答: 系14.7(in $\S$14.4)の中で、 \begin{align*} q(t)=y_t( = f_t(\phi_{{t_0},t } (\omega_{t_0} ))) \end{align*} とおいて、運動関数 $q(t)$ を定めればよい。

また、 "アキレスと亀"等の解答も同様なので、 "飛ぶ矢"の解答だけで十分だろう。



$\fbox{注釈14.2}$ したがって、 本書の立場では、 次の ($\sharp_1$) と($\sharp_2$) を 同値 と考える:
$(\sharp_1):$ 図14.10(右図)を受け入れる
$(\sharp_2):$ 解答14.14をゼノンのパラドックスの最終解答として受け入れる

ゼノン(BC. 490-430)はも昔のギリシャの哲学者なのだから、
$(\sharp_3):$ "ゼノンが如何に考えたか?" は重要とは思わない。本書は、科学哲学史の本ではない。 しかし、ゼノンはパルメニデスの弟子なのだから、 「世界記述と運動」以外のことを考えるわけがない。
もちろん、
$(\sharp_4):$ 重要なことは、 "ゼノンのパラドックスを我々が如何に考えるか?" である
単純に考えて、
  • 2500年間も考え続けるに値する問題は、

    世界記述の問題 食糧問題 しかない。

すなわち、 ゼノンのパラドックスについては、多くの哲学者が議論しているが、 図14.10の提案なしには、正解はないと考える。