本節は,次からの抜粋:

$(\sharp):$ S. Ishikawa; two envelopes paradox in non-Bayesian and Bayesian statistics $\quad$ ( arXiv:1408.4916v4 [stat.OT] 2014 )

まず, サンクトペテルブルクの二つの封筒問題 を復習しておく.



問題9.8 [サンクトペテルブルクの二つの封筒問題] あなたは二つの封筒 (i.e., 封筒A と 封筒B)から一つを選ぶという状況にある. 封筒Aの中に次の手続きでお金を入れた.

$(a):$ 公平なコインを表が出るまで投げる. $n$回目に初めて表が出たとする. このとき,封筒Aの中に$2^n$円を入れた. 

あなたはこのことを知っているが,回数$n$を知っているわけではない. 封筒Bの中にも同じ手続きでお金を入れた.

$(b):$ あなたは, 公正なコイン投げによって、封筒Aを選んだとしよう.

封筒Aを開けてみたら,$x=2^m$円入っていた. ここで,あなたには,封筒Bに変更するという選択肢がある. さて,封筒Aのままにして,$x=2^m$円を獲得するか? または,封筒Bに変更して,新たなチャンスに賭けるか? さて,あなたはどうする.




[(P2):どこがパラドックスなのか ?]
封筒Aを開けてみたら,$x=2^m$円入っていた. 封筒Bはまだ開いていないが, 期待値$E(y)$は次のように計算できる \begin{align*} E(y)= 2 \times \frac{1}{2} + 2^2 \times \frac{1}{2^2}+ 2^3 \times \frac{1}{2^3}+\cdots = \infty \end{align*} そうだとすると,封筒Bに変更して,新たなチャンスに賭けたくなる. すなわち、

  • "The Other Person's envelope is Always Greener"

である。
しかし,これはおかしい. なぜならば, 封筒Aと封筒Bの役割 は同じはずだからである. このパラドクスが,有名な「サンクトペテルブルグの二つの封筒問題」である.



(P2): サンクトペテルブルグの二つの封筒問題: 古典混合測定
状態空間$\Omega$を \begin{align*} \Omega=\{\omega =2^m \; |\; m =1,2, \cdots \} \end{align*} とする.離散距離空間を想定して, $\nu$を$\Omega$上の個数測度とする. \begin{align*} L^\infty (\Omega) = \{ f \;|\; \mbox{$f$は$\Omega$上の複素数値有界関数} \} \end{align*}

として, $L^\infty (\Omega )$内の精密観測量 ${\mathsf O}=(X, {\mathcal F}, F )$ を次のように定める.

\begin{align*} & X= \Omega , \quad {\mathcal F}=2^{X} \\ & [F(\Xi)](\omega)=\chi_{{}_\Xi} ( \omega ) = \begin{cases} 1 \quad & ( \omega \in \Xi ) \\ 0 \quad & (\omega \notin \Xi) \end{cases} \qquad (\forall \Xi \in {\mathcal F}, \forall \omega \in \Omega ) \end{align*}

混合状態$w_0$ (i.e., $\Omega$上の確率密度関数) を以下のように定義する.

\begin{align*} w_0 (\omega )= 1/2^m \quad & (\omega = 2^m, m=1,2,... ) \end{align*}

ここで,混合測定 ${\mathsf M}_{L^\infty (\Omega )} ({\mathsf O}=(X, {\mathcal F}, F ), {\overline S}_{[\ast]}(w_0) )$を得る. 言語ルール$^{{ (m)}}$ 1(C$_1$)($\S$9.1) に従えば、



$(a):$ ${\mathsf M}_{L^\infty (\Omega )} ({\mathsf O}=(X, {\mathcal F}, F ), {\overline S}_{[\ast]}(w_0))$によって得られる 測定値$x (\in X)$ が $ 2^m $ に等しくなる 確率は $ 2^{-m} $ である


と言える. したがって,測定値の期待値$E$は \begin{align*} E= \sum_{k=1}^\infty 2^k \cdot 2^{-k}= \infty \end{align*}

と計算できる. 問題9.8では,封筒Aの中身は, $x=2^m$であった. あなたは,未だ封筒Bの中を見ていないのだから, 期待値$E=\infty$に頼るのは理屈がある. そうならば, $E=\infty > 2^m$ なのだから, あなたは, 「封筒Bに変更しよう」と思うだろう. もちろん、 この判断が悪いわけがない。

$\square \quad$





注意9.9 上の議論から, [(P2):どこがパラドックスなのか?]の中に書いた文言 「封筒A と 封筒B の役割は同じ」 は 疑わしい.

$\bullet$ あなたは,封筒Aの中身は$2^m$円(測定値)であることを知った. ということは, 確率密度関数$w_1$が $$ w_1(\omega) =\begin{cases} 1 \quad & \mbox{( $\omega = 2^m$)} \\ 0 & \mbox{($\omega \not= 2^m$)} \end{cases} $$ であることを知ることに等しい(cf. ベイズの定理(in $\S$9.4) ).

したがって, 封筒$A$の確率密度関数$w_1$と封筒$B$の確率密度関数$w_0$を比べることになるが, 上の議論のように,$B$の期待値は$\infty$なのだから, この場合には,ことわざ "The Other Person's envelope is Always Greener" は正しい.

すなわち、
  • $A$と$B$は、「対称」というわけではない

とは言え、これは「後出しの理由づけ」かもしれない。 世界記述無しに、「対称性」を持ち出すのは違法(cf. $\S$5.6: 天動説 vs, 地動説) なのだから、「サンクトペテルブルグの二つの封筒問題」はベイズ統計下で議論すべきこと なのだと思う。

補足: 著者は、「二つの封筒問題」に関しては、何度も勘違いしている。 まだ、本当のことをわかっていなかもしれない。 上の議論通りだとすると、 この節は、ベイズ統計(次節)以降に書くべきであった。

$\square \quad$

$\fbox{注釈9.2}$ 期待値以外にも様々な基準が考えられる. たとえば,

$(\sharp)$ "交換したとき損をする確率" $< 1/2$

という基準で決めるとする. この場合は, 封筒Aの中身は$2^m$円(測定値)であることを知ったときに, $$ \begin{cases} m = 1 &\Longrightarrow \mbox{交換する} \\ m=2,3,... & \Longrightarrow \mbox{交換しない} \end{cases} $$ となる