フィッシャーの最尤法と比べて、 特に、本質的というわけでないが、 モーメント法 も述べておこう。 下記の例5.13を見ればわかると思うが、 計算法としては、モーメント法は非常に優れている。

測定${\mathsf M}_{\cal A} \bigl({}{\mathsf O} \equiv (X,{\mathcal F}, F) ,$ $ S_{[\rho] } \bigl)$の $n$回の 並行測定 $\otimes_{k=1}^n {\mathsf M}_{\cal A} \bigl({}{\mathsf O} \equiv (X,{\mathcal F}, F) ,$ $ S_{[\rho] } \bigl)$ (= ${\mathsf M}_{\otimes {\cal A}} \big({} \bigotimes_{k=1}^n {\mathsf O} := ( X^n,{\mathcal F}^n, \bigotimes_{k=1}^n F ) , S_{ [{}\otimes_{k=1}^n \rho{}]}{}\big)$ の測定値が, $(x_1,$ $ x_2 ,$ $ ...,$ $ x_n ) (\in X^n)$ だったとしよう. $n$は十分大きいとして, 大数の法則から, \begin{align} {\mathcal M_{+1}(X)} \ni \nu_n \Big( \equiv \frac{\delta_{x_1}+\delta_{x_2}+ \cdots + \delta_{x_n}}{n} \Big) ≒\rho ( F (\cdot )) \in {\mathcal M_{+1}(X)} \tag{5.18} \end{align} と考えてよいだろう. それならば, 状態$\rho (\in {\frak S}^p({\mathcal A}^*))$を未知として,

$(A):$ 左辺(=測定値$x_1, x_2,..., x_n )$)と観測量${\mathsf O} \equiv (X,{\mathcal F}, F)$はわかっているのだから, \begin{align*} \mbox{未知状態$\rho (\in {\frak S}^p({\mathcal A}^*))$は 求めることができる} \end{align*}
はずである.
方程式(5.18)を解けばよいわけで、たとえば、以下のように様々な近似解を得る方法がある。
$(B_1):$単純に考えるならば、次を解けば よい。 \begin{align} \| \nu_n(\cdot ) - \rho(F(\cdot ))\|_{{\mathcal M}(X)} = \min \{ \| \nu_n(\cdot ) - \rho_1(F(\cdot ))\|_{{\mathcal M}(X)} \;| \; \rho_1 (\in {\frak S}^p({\mathcal A}^*)) \} \tag{5.19} \end{align}
$(B_2):$ 適当な$f_1, f_2, \cdots , f_n$ $\in C(X)$ $(= X \mbox{上の連続関数全体} )$を最初に決めておいて, 並行測定 $\otimes_{k=1}^n{\mathsf M}_{\cal A} \bigl({}{\mathsf O} \equiv (X,{\mathcal F}, F) ,$ $ S_{[\rho] } \bigl)$ の測定値が, $(x_1, x_2 , ..., x_n ) (\in X)$ のとき,   \begin{align*} & \sum_{k=1}^n \Big| \int_X f_k(\xi) \nu_n (d \xi ) - \int_X f_k(\xi) \rho( F(d \xi )) \Big| \\ = & \sum_{k=1}^n \Big| \frac{f_k({x_1})+f_k({x_2})+ \cdots + f_k({x_n})}{n} - \int_X f_k(\xi) \rho( F(d \xi )) \Big| \end{align*} を最小にする$\rho (\in {\frak S}^p({\mathcal A}^*))$ を求めれば良い.
$(B_3):$ また, 古典測定 ${\mathsf M}_{L^\infty (\Omega)} \bigl({}{\mathsf O} \equiv (X,{\mathcal F}, F) ,$ $ S_{[*] } \bigl)$ならば, 未知状態は $\rho=\delta_{\omega}$ と点測度で書けて,   \begin{align} 0= \sum_{k=1}^n \Big| \frac{f_k({x_1})+f_k({x_2})+ \cdots + f_k({x_n})}{n} - \int_X f_k(\xi) [F(d \xi )](\omega) \Big| \tag{5.20} \end{align} を解く方法は有効で, すなわち,未知数$\omega (\in \Omega)$の 連立方程式: \begin{align*} \begin{cases} \frac{f_1({x_1})+f_1({x_2})+ \cdots + f_1({x_n})}{n} - \int_X f_1(\xi) [F(d \xi )](\omega)=0 \\ \\ \frac{f_2({x_1})+f_2({x_2})+ \cdots + f_2({x_n})}{n} - \int_X f_2(\xi) [F(d \xi )](\omega)=0 \\ \qquad \dots \dots \\ \qquad \dots \dots \\ \frac{f_m({x_1})+f_m({x_2})+ \cdots + f_m({x_n})}{n} - \int_X f_m(\xi) [F(d \xi )](\omega)=0 \end{cases} \end{align*} を解く方法は,有効なことが多い.
  • モーメント法 の名前の由来は、下記の例5.13を見よ
$(B_4):$ 特に, $X=\{\xi_1, \xi_2, \cdots , \xi_m \}$が有限集合ならば, $f_1, f_2, \cdots , f_m$ $\in C(X)$を \begin{align*} f_k(\xi) = \chi_{{}_{\{\xi_k \}}}(\xi)=\begin{cases} 1 \quad & (\xi= \xi_k) \\ 0 & ( \xi \not=\xi_k ) \end{cases} \end{align*} と決めておいて, 並行測定 $\otimes_{k=1}^n{\mathsf M}_{\cal A} \bigl({}{\mathsf O} \equiv (X,{\mathcal F}, F) ,$ $ S_{[*] } \bigl)$ の測定値が, $(x_1, x_2 , ..., x_n ) (\in X)$ のとき,   \begin{align*} & \sum_{k=1}^n \Big| \frac{ \chi_{{}_{\{\xi_k \}}}({x_1})+ \chi_{{}_{\{\xi_k \}}}({x_2})+ \cdots +\chi_{{}_{\{\xi_k \}}} ({x_n})}{n} - \int_X \chi_{{}_{\{\xi_k \}}}( \xi) \rho( F(d \xi )) \Big| \\ = & \sum_{k=1}^n \Big| \frac{\sharp[\{x_m \;:\; \xi_k=x_m \}]}{n} - \rho( F( \{ \xi_k\} )) \Big| \end{align*} を最小にする$\rho (\in {\frak S}^p({\mathcal A}^*))$ を求めれば良い
このような方法をモーメント法と呼ぶ.
注意点は,
$(C_1):$ もちろん, (気分は大数の法則なのだから)$n$が十分に大きいことが好ましいが, 極端な話, $n=1$でも「それなりの推定」になる
$(C_2):$ ($B_2$)のように, $f_k$の選び方は人為的だが,使いやすい.
問題5.11 [=壺問題:モーメント法の演習問題:壺問題5.2の再掲 ] どちらの壷($U_1$ または $U_2$)がカーテンの後ろに 置かれているのかあなたは知らない.
カーテンの後ろの壷から球を一つ取り出したら,白球だった.
このとき,壷は$U_1$または$U_2$のどちらか?$\;\;$これを推定せよ.
[壺問題5.2のモーメント法による解答]

測定 ${\mathsf M}_{{L^\infty (\Omega) }} ({\mathsf O} {{=}}$ $ ( \{ 白,$ $ 黒 \},$ $ 2^{\{ 白, 黒 \} } ,$ $ F{}) , S_{ [{}{\ast}]}{})$ を考える.ここで, $L^\infty(\Omega{})$内の観測量 ${\mathsf O}_{白黒} = ( \{ 白, 黒 \}, 2^{\{ 白, 黒 \} } , F_{白黒}{})$ を次のように定義する: \begin{align*} & [F_{白黒}(\{ 白 \}{})](\omega_1{})= 0.8, & \quad & [ F_{白黒}(\{ 黒 \}{})](\omega_1{})= 0.2 \nonumber \\ & [F_{白黒}(\{ 白 \}{})](\omega_2{})= 0.4, & \quad & [F_{白黒}(\{ 黒 \}{})] (\omega_2{})= 0.6 \end{align*} 測定値「白」を得たのだから, 近似サンプル空間$( \{ 白, 黒 \}, 2^{\{ 白, 黒 \} } , \nu_1{})$は \begin{align*} \nu_1(\{ 白 \})=1, \quad \nu_1(\{黒 \})=0 \end{align*} となる.

[未知状態 $[\ast]$ が$\omega_1$のとき] \begin{align*} (5.19)=|1-0.8|+|0-0.2|=0.4 \end{align*}

[未知状態 $[\ast]$が $\omega_2$のとき] \begin{align*} (5.19)=|1-0.4|+|0-0.6|=1.2 \end{align*} よって,モーメント法($B_1$)により, 状態$\omega_1$が推定できて, したがって, カーテンの後ろの壷は$U_1$ であることが推定できる.


簡単すぎて, 大数の法則が見えなくなっていて, 却って難しくなってしまったかもしれないので, もう一つ次の問題を補足しておく.

問題5.12 [復元抽出]: 上述のように, 「白」を取り出しとしよう.  この「白球」を壷に戻してよくかき混ぜて, 次に取り出したのが「黒」だとしよう. これを全部で7回行って, 結局 \begin{align*} 白, 黒, 黒, 白, 黒, 白, 黒, \end{align*} を得たとしよう. そこで問題:
$(a):$ カーテンの後ろの壷は, どちらの壷か?
である.
解答:

同時測定 ${\mathsf M}_{{L^\infty (\Omega) }} (\times_{k=1}^{7}{\mathsf O} {{=}}$ $ ( \{ 白,$ $ 黒 \}^7,$ $ 2^{{\{ 白, 黒 \} }^7} ,$ $\times_{k=1}^{7} F{}) , S_{ [{}{\ast}]}{})$ の測定値が, (白, 黒, 黒, 白, 黒, 白, 黒 )と考えて, 「フィッシャーの最尤法」を使ってもよいが, ここでは, モーメント法で解答しよう.
[未知状態 $[\ast]$ が$\omega_1$のとき] \begin{align*} (5.19) =|3/7-0.8|+|4/7-0.2|=52/70 \end{align*}

[未知状態 $[\ast]$が $\omega_2$のとき] \begin{align*} (5.19) =|3/7-0.4|+|4/7-0.6|=10/70 \end{align*} よって,($B_1$)により, 状態$\omega_2$が推定できて, したがって, カーテンの後ろの壷は$U_2$ であることが推定できる.


例 5.13 [頻出するモーメント法]

状態空間$\Omega (\approx {\frak S}^p(C_0(\Omega)^*))$ を $\Omega={\mathbb R} \times {\mathbb R}_+$ $=\{ \omega =(\mu , \sigma ) \; |\; \mu \in {\mathbb R}, \sigma >0 \}$ として, $L^\infty ({\Omega}{})$ 内の 観測量 ${\mathsf O}_{G} $ ${{=}}$ $(X(={}{\mathbb R}) , {\cal B}_{{\mathbb R}}^{} , G{})$は 次を満たすとする

\begin{align*} & \int_{\mathbb R} \xi [G( d \xi )](\mu, \sigma )=\mu, \quad \int_{\mathbb R} (\xi -\mu)^2 [G( d \xi )](\mu, \sigma )=\sigma^2 \\ & \quad \qquad ( \forall {\omega}=(\mu, \sigma) \in \Omega (={\mathbb R} \times {\mathbb R}_+ ){}) \end{align*} ここに,${\cal B}_{\mathbb R}$はボレル集合体 とする. このとき, 同時測定 ${{{\times}}}_{k=1}^3{\mathsf M}_{L^\infty(\Omega )} ({\mathsf O}_{G}, S_{[{}\ast{}] }{})$ によって,$(x_1, x_2, x_3 ) (\in {\mathbb R}^3)$が得られたとしよう. したがって,3標本分布$\nu_3$は \begin{align*} \nu_3 = \frac{ \delta_{x_1}+\delta_{x_2}+\delta_{x_3}}{3} \in {\mathcal M}_{+1}({\mathbb R}) \end{align*} となる. $$f_1(\xi)=\xi, \quad f_2(\xi)=\xi^2$$ としよう. モーメント法($B_3$)より, \begin{align*} 0=& \sum_{k=1}^2 \Big| \int_{\mathbb R} \xi^k \nu_3 (d \xi ) - \int_{\mathbb R} \xi^k [G(d \xi )](\omega) \Big| \\ = & \sum_{k=1}^2 \Big| \frac{({x_1})^k+({x_2})^k+ ({x_n})^k}{3} - \int_{\mathbb R} \xi^k [G(d \xi )](\mu, \sigma) \Big| \\ = & \Big| \frac{{x_1}+{x_2}+ {x_3}}{3} - \mu \Big| + \Big| \frac{({x_1})^2+({x_2})^2+ ({x_3})^2}{3} - (\sigma^2 + \mu^2 ) \Big| \end{align*} よって, \begin{align*} \mu &=\frac{{x_1}+{x_2}+ {x_n}}{3} \\ \sigma^2 & = \frac{({x_1})^2+({x_2})^2+ ({x_3})^2}{3} -\mu^2 \\ & = \frac{({x_1}- \frac{{x_1}+{x_2}+ {x_n}}{3} )^2+({x_2}- \frac{{x_1}+{x_2}+ {x_n}}{3} )^2+ ({x_3} - \frac{{x_1}+{x_2}+ {x_n}}{3} )^2}{3} \end{align*} となる.正規分布を仮定していないにもかかわらず、これは,式(5.13)と同じであることに注意せよ.

$\fbox{注釈5.3}$ 測定${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}}({\mathsf O} {{=}} (X,2^X, F),$ $ S_{[\ast]} )$ を考える.  ただし, $X=\{x_1,x_2,...,x_n\}$は有限集合とする.  このとき 「フィッシャーの最尤法」とモーメント法」は, 同じ結論を推定することを確かめよ.

[解答] 測定${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}}({\mathsf O} {{=}} (X,2^X, F),$ $ S_{[\ast]} )$によって, 測定値$x_m (\in X)$が得られたとしよう.

[フィッシャーの最尤法]:
$(a):$ $\rho ( F(\{ x_m\})$を最大にする$\rho ( \in {\frak S}^p({\mathcal A}^*))$求めよ.
[モーメント法]:
$(b):$ 近似サンプル空間は, $(X, 2^X, \delta_{x_m} )$となるので, \begin{align*} & |0- \rho ( F(\{ x_1 \})|+ \cdots +|0- \rho ( F(\{ x_{m-1}\})|+ |1- \rho ( F(\{ x_{m}\})| \\ & \qquad +|0- \rho ( F(\{ x_{m+1}\})|+\cdots +|0- \rho ( F(\{ x_{n}\})| \\ = & \rho ( F(\{ x_1 \})+ \cdots +\rho ( F(\{ x_{m-1}\})+ (1- \rho ( F(\{ x_{m}\})) \\ & \qquad +\rho ( F(\{ x_{m+1}\})+\cdots +\rho ( F(\{ x_{n}\}) \\ = & 1- 2\rho ( F(\{ x_{m}\}) \end{align*} を最小にする$\rho ( \in {\frak S}^p({\mathcal A}^*))$を求めよ.
よって, 「フィッシャーの最尤法」とモーメント法」は, 同じ結論を導く。